自給自足って
自給自足と聞くと、真っ先に思い出すのはTVドラマ「北の国から」です。
実際にはごろーさんは自給生活してなかったかもしれませんw セフルビルドぐらいですかね。畑仕事とか鳥の解体とか、自給自足っぽいシーンなかったような気がします。
まあとにかく、自給自足ってちょっとストイックで普通の人には真似できないというか、かなり気合がはいった人にしかできない暮らしだと思ってました。
そもそも、第二次世界大戦以降の社会では国家という機能は、領土拡大よりも社会保障の充実というベクトルで発展してきたので云々・・難しいことは言えないのでやめましょう。
でも、お金の流れで考えると、素晴らしい気がします。 誰かが働きに出なくても生活できる。それってすごいインパクトがあるんじゃないでしょうか。
家族と過ごす時間が増える。でも、やることはいろいろあるから、お父さんがごろごろテレビばっかりみてて嫌になっちゃうなんてこともない。みんながみんな役割があって必要とされる。自営業もしなくていいなら、両親が商売に忙しくて寂しかったなんてこともなくなるかも。(サラリーマン家庭しかしらないからそこは勝手な妄想かもしれませんけど。)
いろんな意味で貧しいのは嫌
お金がないのは貧しい、お金がないから不幸せという話は後を絶ちません。 「そんなこといっても、お金大事でしょ。」という大人の「現実」があります。(ところでなんで「現実的」っていうと厳しさを連想するんでしょうか。現実は厳しいという刷り込みにも思えますけど。)
一方で、お金があっても心は買えないというのは、誰しも共感する部分があると思います。お金だけで幸福度は測れません。財務諸表や家計簿には幸せかどうかは反映しないです。お金がなくても幸せになる方法はある。清貧やボロは着てても心は錦。
大事なことですが、心が貧しくなるのはとても寂しいことです。孤独です。
お金があっても心が虚しいという話も
お金がなくて心が苦しいという話も
正解なんだと思います。
ここからは価値観の問題です。
Natural High Lifeは「自分でやる。楽しいことを選ぶ。」 だから、自分だけではできないこと、例えば、海外に遊びに行きたいとか景色のいいところでおいしいもの食べたいとかオシャレしたいとか、やりたかったら全部やります。
旅ははじまったばかり
えらそーに書き殴りましたが、なにに幸せを感じるかは人次第。 環境や食べるものや普段接する人にも影響を受けるので、答えは一つじゃないはずです。
たった一つの真理よりも、多様性の中をわたりあるければいいな、そんな風に思っています。
我慢しない、制限しない、自給しているひとともいないひととも楽しめる毎日「華麗なる自給ライフ」をちょっとずつ実現中です。
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